住めば“日常”のニューヨーク

Rie's Journal / January, 1999

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Nikki Engine


1999年1月27日(水) 新しいiMacを生で見た

J & Rに行ってみました。Macコーナーに入って、左奥に行くと、壁際の棚の、人の頭くらいの高さのところにダークダックス状態(ななめで)で並んでおりました。

ショップでの陳列方法は、日本では白いシートを敷いた上に、5色の配置方法まで決っている...と何かで読んだけど、J & Rはいいかげんな感じでおいてある。周囲が暗いから、iMacの色が全然きれいに見えなくて、全体的に濃いような感じ。ポスターの方が数倍きれいに見える。

順番は、手前からタンジェリン、グレープ、ブルーベリー、ライム、ストロベリー。条件が悪い中、いちばんきれいに見えたのは、ブルーベリー。いいなと思っていたグレープは期待外れだった。ストロベリーは妙にピンクピンクしてたな...。

もし自分が買うとしたら、部屋の照明に凝ってしまいそう。いちばんいいのはすりガラスの天板の下からライトを発光させて...というExpoでの陳列方式ですかね。

ショップは15分くらいで出てしまい、入口の前で「どこへ行こうか」とぼーっとする。サウスストリート・シーポートが近いので、久しぶりに行ってみることにした。

フルトン・ストリートは平日の昼過ぎなのでとてもにぎやか。安い店が軒を連ねているのも相変らず。あっ、居酒屋養老滝がある...。

ニューヨークは一年中観光シーズンって感じだけど、さすがにサウスストリート・シーポートは閑散とした雰囲気だった。ストリート沿いのレストランはクローズしており、1999年春に再オープンと張紙がしてあるところがほとんど。

実はサウスストリート・シーポートのいちばん奥にあるショッピングモールの3階デッキは私がNYで好きな場所のひとつなのだ。ここから見るイーストリバーとブルックリンの景色は結構ダイナミック。

寒いから家に閉じ籠り気味だったけど、サウスストリート・シーポートで観光気分をちょっとだけ味わってしまった。観光といえば、4月あたりにヨーロッパのどこかを旅したいので、ウェブをいろいろ調べているんだけど、ネックは言葉なんだよねー。英語どのくらい通じるのかな?


1999年1月7日(木) 徒労

昨日の夜から7200がネットワークにつながらなくなってしまった。PowerBook 2400からはOKだったので、プリンタサーバが死んでる訳ではなさそう。

ということで、ケーブルを抜差してみたり、システムをいじったり、揚げ句の果てに再インストールしてみたけど、ダメだった。

「ハードが壊れちゃったかなぁ〜.....」。まさかと思ったが、ちがうEthernetケーブルを差してみたら、ちゃんとサーバーが現れた。一瞬うれしかったけど、次の瞬間なさけなくてがっくりきた。「最初にやればよかった」。

ケーブル、一昨日まで使えてたのにいきなり死ぬなんて...。死んだケーブルはBelkinのだった。先日PowerBook 2400のLANカード用に試したBelkinのRJ45カプラーも未使用だったのに死んでいた。

最初から壊れてるなんて思いもしなくて、合計一日半くらいを無駄にしてしまったのだった。

むか。

Belkinって高品質だと思っていたのに。返品してやるっ。


1999年1月2日(土) 9°

昨夜、パーティをはしごして夜中の12時ごろ帰宅。寒かったな〜と、テレビをつけて、NY1を見たら「9°」だった。ひー。

東京にいたときは冬でもマイナスの気温を体験することはそんなになかっただけに、最近テレビで気温のチェックをするのは何だか楽しくもある。

やはり「シングル・ディジット」は、はじめてみたので感激もひとしお(?)。

しかし、外でタクシーを捕まえていたとき、あまりにも寒くてじっとしていられず、飛跳ねたりじたばた動いたり、風が吹いては叫んだりしてしまった。そうか、だから昨日の夜タイムズスクエアにいた人たちはあんなにギャーギャー盛り上っていたのね、とちょっと納得した。


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