■1997年3月30日(日)昨日はうちでお引っ越し記念&合同誕生日パーティが開かれた。途中から8人で4組に別れてのPictionary大会になって、朝の5時半ごろまで大フィーバー(死後)。
Pictionaryとはボードゲームで…、めんどくさいから解説はなし。英単語力と直感のゲームである(たぶん)。
寝たのが朝6時で起きたのが午後1時前。あれ、ちょっと体が筋肉痛(なぜに?)。
パーティの残り物を食べ、そうじをしたりしていたらもう夕方。実は今日、友達のうちからソファが運ばれてくるのだ。
友達の広いアパートで見たときは感じなかったけれど、うちに置いてみるとけっこうでかい。玄関のドア、ぎりぎり通る大きさだった。またまた模様替をして、やっとリビングルームらしくなった。最近、家の居心地がいいので、一日中外に出ない日が増えたような気がする。
<インターミッション:なのはな色の「登別温泉」入浴剤>
こういうことをしているから「お家が快適」になってしまう。
■1997年3月28日(金)パンツを洗う、洗われる。コインランドリーで洗濯の最中、他人の豹柄のパンティを見てしまった。
コインランドリーでは自分の洗濯物を自分で洗わずに、お店の人にお願いするというシステムもある(洗濯物の重さで料金が決まる)。
平日の昼間に洗濯に行くと、たぶん、いまごろオフィスで働いているであろう多忙な人たちが置いていった洗濯物を、お店の人が洗い、たたんでいるのだ。
みんな平気で(?)アンダーウェアまで出してる訳で…。最初のころこれは「ショックだった」(「北の国から」の純風でよろしく)。
他人の洗濯物を仕事で洗う人生もイヤだけど、平気でアンダーウェアまで洗濯に出しちゃうような人間にもなりたくないよなーと、豹柄のパンティを見てつくづく思った金曜日の午後。
■1997年3月25日(火)ケーブルテレビ金曜日の夜に急ぎの、しかも大量の仕事が入って、誕生日当日は食事以外はMacのモニタに向かっているという一日だった。まいったのは、もらった100ページ弱あるWordのテキストファイルをJeditで開けたら、一行ごとに改行が入っていたことだった(唖然)。Wordなんか絶滅してしまえ。
昼に、ケーブルテレビの設置に人が来て、きれいな画面でテレビが見られるようになった。約2年半、ざらざらの画面を見ていたことを思うととってもうれしい。おまけに、NY1とか日本語放送(だいぶ前から地上波では見られなくなっていた)とかCNNとかMTVとかも見られるんだぞ〜。なんだかアメリカに住んでるって感じ(何をいまさら…)。どうせなら昨日の昼に設置に来てくれて、アカデミー賞をきれいに見たかったな。
夜中に、もう寝ようかとテレビの電源を消して、リモコンをリモコン入れのマグカップにさしたら、それは飲みかけの紅茶のマグカップだった。ビデオデッキのリモコンがずーっとそこにはいっていたらしくて、紅茶をたっぷり吸ってびしょびしょだった。実は前にも一度同じことをやっていて(そのときは牛乳)、まぎらわしいからマグカップをリモコン入れにするのは止めようと思っていたのだけれど…。
あまりにも濡れていたので分解して拭いて、恐る恐る電池をセットしなおして試したら、ちゃんと使えたので一安心。
■1997年3月20日(木)タネ火「いっぱい登録したのに反応がないっ」と火曜日にグチったところ、いくつかメールをいただきました。グチってみるものです。
引っ越して初めて、ガスコンロについているオーブンを使おうとしたら、火が点かない。マニュアルを取りだしてみると、やっぱりオーブン用のタネ火をつけないといけないようだ。
しかし、そのタネ火をつける場所はガスオーブンのいちばん奥で、手が届かない。しばし悩んだ後、長い菜箸の先にマッチをセロテープで巻き付けて着火。
しかし、このタネ火、常時点いているものなのだが、ガスコンロ用のが消えていたということがこの間あった。…ガス漏れてないのかなぁ。けっこう恐い。
キッチンには窓があるので換気扇がない。前のアパートは窓がないので換気扇があったが、キッチンのすぐそばに窓がないワンルーム式アパートでも換気扇がなかったりして、「魚は焼けないよなー」と思うのだった(ま、焼かないけどね)。
■1997年3月19日(水)Return of the Jedi観てきました、Return of the Jedi。3作の中ではいちばんストーリーやディテールを覚えていたので「安心」して観られた。そのせいか、3作目はストーリー的には結構単純だなぁー、と時代がかったセリフで時々笑ってしまった。エンペラーもあんなに簡単に死んでしまっていいわけ??
そうだ、一個所リメイクし忘れたような荒い画像のシーンがあった。気になるな…。
Star Wars公開時の大盛り上がりはどこへやら、平日の午後ということもあったが、客席はガラガラだった。
■1997年3月18日(火)拍子抜け週末にいくつかのサーチエンジンとインデックスサイト、それから日記猿人に自分のサイトを登録しまくり、知らない人からのemailがどどーっとくる…と思ったらまったく反応なし。
それはそうと、nynd_webへのリンクが日本の某有名企業のページから張られていた。無断、というと言葉がキツイが、知らないうちにであることは確か。有名企業のサイトからであったので、少々複雑な気持ち。
パブリックなサイトへならともかく、個人のサイトへリンクを張ることに対して、確認はしないのだろうか? あ、nyndは厳密に言うと個人じゃないか。ドメインも取ってるし、勘違いされてもしょうがない。でもパブリックかというと違うような気もする。でも、インターネットで自ら公開している以上、プライベートなんて言ってる場合じゃないか。
と、煮え切らないものを感じつつ。おやすみなさい。
■1997年3月16日(日)リストラAppleのリストラはかなり大規模で2700人がレイオフ、契約者の1400人も切り捨てられるらしい。そして驚いたのがOpenDocとCyberdogの開発の打ち切り。
しかし、これで自分のMacの中に入っている両者を気がねなく捨てることができる。特にOpenDocを入れてからというもの、フリーズした際に強制リスタートができないことが多くて暗い気分になっていたから。
え、OpenTransportもさよならなの!? まいったね。
半年に一度のMacOSのアップデートもスケジュール変更だし、1月のサンフランシスコのMacworld Expoでの発表はなんなのさ! という気さえしてくる。まあ、スケジュール通りに計画が進むはずはないと思ってはいたけれども。
ウソをついているわけではないけれど、あまりにも朝令暮改だと本当に信用をなくすので、もう少しなんとか、まともになって欲しいです。
■1997年3月15日(土)まったく...夜中の2時だっていうのに、どっかでラテンな音楽を大音量でかけて、パーティしてるみたい。歌うなー。
ちなみにアパートの前にはハイスクールがあって、学校が終わる時間には、アパートの入り口の階段に、ヒスパニック系の高校生がたむろしている。いわゆる“不良座り”でたばこを吸ったりしている訳ではないが。このあたりはラテンな人が特に多い。
■1997年3月14日(金)雨のニューヨーク結構久しぶりに朝から出かける。今朝は雨が降ったらしく、街全体がしっとりしていい感じ。降るたびに「雨のニューヨークっていいなあ」と思う。
今日はそんないい気分もつかの間、傘を持って出なかったので、途中で降られてびしょぬれになった。3ドルくらいで売っている黒い折り畳み傘を買おうと思ったのに、こういう時に限って見つからない。しょうがないので(?)近所のDaffy'sに入って、黒地に水玉の傘を購入。水玉は最後の1本で、ちょっと得した気分になった。
Daffy'sとはマンハッタンには4軒あるディスカウントの洋服屋さんで、私はここに行くと“バーゲンハンター”の血が騒いでなかなか帰ることができず、気が付くと掘り出し物を持ってレジに並んでいるという魔のショップである。
この日は傘だけを買うつもりで入ったものの、ちらちらと見ていたら何度も“バーゲンハンター”のエンジンがかかりそうになってしまった。危ない、危ない。
■1997年3月12日(水)123.45日本のシティバンクは便利だ。あらかじめ送金先を登録しておけば、電話で海外に送金の指示ができるんだから。
ここしばらく為替相場のにらめっこが続いていたのだけれど、私に先の予想ができるわけでもないので、うだうだ考えるのはやめにして、自分のNYの銀行口座(これもCITIBANK)に一気に送金することにした。
CITIBANKのチェッキングアカウントのミニマムは2000ドルで、月の平均がこれを下回ると手数料が取られる。ちなみに日本のシティバンクは30万円。
引っ越しでなにかと入り用で、NYの口座はミニマム残高をうろうろしていたので、最近はクレジットカード(日本のなので、円で決済)と日本のシティバンクの口座からドルを引き出して…という、なさけない生活をしていたのだった。
日本のシティバンクの口座からドルを引き出すと、その日のレート、プラス1ドルにつき1円が手数料で取られる。電話で送金は手数料が一律4000円。一気に送金すれば、こっちのほうがお得になるというわけです。
それにしても円安なので気が重い。今日のTTSレートは123.45円。1ドル100円くらいのころがなつかしいなー。
■1997年3月8日(土)Tokyo Shock Boys電撃ネットワーク改め(?)Tokyo Shock BoysのパフォーマンスをMinetta Lane Theaterで見てきた。なんでもライブハウスなどではなくて「日本人でははじめて、オフ・ブロードウェイでショーを興行」するってことと、半額割引チケットをもらったので見に行く気になったのだ。
客席はほぼ満員で8割以上が非日本人。お上品な年配の夫婦なども来ていたりして「この人たち、どんなことやるのか分かってるのかな〜」と心配になる。Minetta Lane Theaterは、その名もMinetta Laneというお上品そうな小道にあって、Tokyo Shock Boysとのギャップというかミスマッチがもう最初からおかしい。
さて、パフォーマンスはというと…笑えた。涙ぐむほど笑ってしまった。笑いと「うわぁー」「えぇーっ!」「やめてーっ」ってで1時間半。内容をざっと説明すると、「おしりで割りばしを割る」「おしりでさぼてんを割る」「花火を全身に浴びる」「さそりを口の中にいれる」「火のついたたばこを食べる」「りんごを木槌で割って破片を飛び散らかせる」「牛乳を鼻から飲んで目から出す」「ペットボトル内の空気を一気に吸い込んでぺしゃんこにする」などなど。まぁー、これはその場で見てみないとおかしさが分からないでしょう。ナンセンスなギャグが好きな人はきっと楽しめます。もう1回見てもいいかも…。
■1997年3月4日(火)NYNEXが来た今日は電話線の工事の日。NYNEXの“テクニシャン”は「朝8時から5時の間に来る」ことしかわからないので、ひたすら待つしかない。運良く11時半に来てくれたのだけれど、途中で1時間半もランチに出たりして、2つの電話回線を使えるようになったのは午後4時ごろだった。
その後、電話線のために開けてもらった壁の穴を利用して、リビングルームでPowerBookを使えるようにLocalTalkの設定をして(Data Box経由でもLocalTalkができることが判明。いままでできなかったのはケーブルの不良が原因だった!)、洗濯に行く。
近所のランドリーはテレビがあってきれいなのでうれしい。ジュースも売っている。これでコーヒーバーがあったら最高なのにっ!
■1997年3月3日(月)雪!?ひな祭りだというのに、結構な大雪。途中から雨になったりしたので、まったく積もらなかったけど。
リックサックをしょって、買いだしに出かける。まずは、Broadwayの18か19 StreetにあるFishs Eddy。代官山にもショップがある、デッドストックの食器などを置いているかわいいお店。しかも安い。時間をかけて見てまわり、4枚で10ドルの白地に黒のふちどりのあるクラシックなディナープレートと湯飲みになりそうな器などを買う。リュックにしまって(お、重い)次はPaper Accessへ。ここでは引っ越し案内レター用の便せんと封筒を購入。種類がたくさんあって選ぶのに時間がかかってしまった。
Daffy'sで前から目をつけていた花柄のバスローブを買って、最後はBed and Bath Beyondへ。自分の荷物が重いのでショッピングカートにつっこみ、それを押ながら店内を物色。ここでは窓用の網戸(小さくてサイズ調整可能)とフックなどを買う。同じ品物でも、近くのディスカウント店よりも値段が安いことに気が付いた。さすが。
店を出ると雪がざんざん降っていた。これを口実にタクシーで帰宅。何といってもお皿が重かった。やっぱり、最後に行って買えばよかったなー。
■1997年3月2日(日)早くも模様替え朝9時半にブザーが鳴った。しぶしぶ出ると、金曜日につくはずの「窓の柵」をつけてくれなかったトニーだ。いまごろ、しかも日曜の朝に付けに来るなんて…。
2階でベッドルームは裏庭に面しているから物騒なので、「窓の柵」、ほとんど鉄格子(!)を窓枠に打ち付ける。窓の外はお向かいの高層アパートのレンガの壁と泥棒よけの有刺鉄線(この単語、1週間くらい思いだせなかった)。これじゃまるで、刑務所にいるみたいだ。
どうもベッドルームが狭いのでさっそく家具の配置替えに取り掛かる。今度はなかなかいい感じ。あっという間に4時になってしまった。しかし、腰が痛い。手と爪がぼろぼろになってしまった。
■1997年3月1日(土)引っ越し、無事終了小雨の中引っ越しをした。前日に90パーセントのパッキングが済んでいたので、4階のアパートから荷物を運んでトラックに載せて、そこから歩いても10分とかからない新しいアパートの2階に荷物を運んで…と1時間半で終了。もっと時間がかかると思ったのに。
リビングにだーっと荷物を積んでおき、徐々に自分のベッドルームに運び入れるという作戦をとったので、比較的簡単におおかたの荷物が収まるところに収まった。
夕方に以前の部屋に行き(3月分の家賃をまるまる払っているからしばらくは出入り自由)簡単に掃除をする。冷凍庫に引っ越し2日前に作った、パスタソースが残ってる。
引っ越しを手伝ってくれた友達(感謝!)に「しゃぶ辰」でしゃぶしゃぶをごちそうし、お腹がいっぱいになったところで、今度はルームメイトにもなるSさんのアパートに行き、台所用具を新アパートまで運ぶ。
途中で台所用具をを入れた白いあみのケースが壊れてきてしまい、ストリートの真ん中で鍋やまな板を持った女4人は右往左往してしまった。
さっそく新居で酒盛り(?)をし、Macの話などをしているとK君が電動ドライバーを持って参上! ドアロックをつけてくれた。ありがとー。
このドアロック、ショップで取り付けもお願いしたのに、「You can do it!」としつこくて、「まずやってみろ。ダメだったら電話しな」とビジネスカードをくれたのだった。やってみようかとドアをいじってみたけれど、やっぱり無理そう。明日ショップにお願いしようと思って、そんな話をしていたら、引っ越しを手伝ってくれたN君が「あいつ、棚とか何でも作っちゃうんだよー」とK君を紹介してくれたのだった。
そんなこんなで寝たのが午前4時。