Rie's Journal + 1997年2月
Journalのもくじへ + Rie's Apt.のもくじへ

■1997年2月25日(火)Apple Strikes Back?

1ページ目。“昨日、5千万人が5千万の理由でMacを起動した”…“今日、彼らはお祝いをする理由がある”

…って、もろに直訳なんですが、New York TimesとWall Street Journalに6ページのAppleの広告が派手に掲載されていた。

それはさておき、お祝いの理由というのは、2〜3ページ目見開きで“We're Back”と、「世界一速いノートブック」PowerBook3400シリーズをフィーチャー。4〜5ページ目がまたまた“We're Back”でPowerMac 9600を紹介(サイドをかぱっと開けて、本体が途中から折れて中がいじりやすくなっていることを強調)。最後のページには20周年記念MacとeMate 300とMessage Pad 2000とQuickTake 200が並んでいた。“And Now, More reasons to join the party.”なのだそうだ。

“We're Back”に“Celebrate(お祝い)”…。なんかこの広告、この時期にピントがずれまくっているような気がする。Appleの広告はソフトタッチで上品なんだけど、回りくどいっていうか、何か煮えきらない。もっとスペックを詳しく紹介するとか、もっとこう…。でもこれってイメージ広告だからしょうがないか。

イメージねぇ。効果的ならともかくも。いったいこの広告にいくらかかったんだ!? 心配。

さて、今日届いたMacworld4月号のカバーは新製品が並び、タイトルは“Apple Strikes Back”。グッドタイミング! 21日からThe Empire Strikes Backが始まったところなのだ。これはうまい。


■1997年2月24日(月)2番目に好きな映画

久しぶりにトム・ハンクス主演の映画「Punch Line」を観た。これは●年前にはじめてNYに来たときに、レンタルビデオショップで買ったもので、先日日本に帰ったときに、またNYに持ってきたという、太平洋を一往復したビデオテープだったりする。

ハンクス・ファンとしていちばん好きなのがこの映画かも知れない。なんだか、ハンクスの自伝っぽく見えて、映画の中の役がハンクス本人に見えてしまうのだ。

舞台はニューヨーク。アパートを追い出され、メディカルスクールからも放校されたスティーブン(ハンクス)は、スタンダップのコメディアンのバイトをしている。コメディエンヌをめざすライラ(サリー・フィールド)はニュージャージー在住のふたりの子持ちの主婦(いい味出してます)という設定。

ふたりは同じクラブでショーをしていて、才能のあるスティーブンにいまいち芽が出ないライラがジョークの教えを解いてもらおうと近づく。ある日、クラブにスティーブンの父親(医者)が来ていて、彼はプレッシャーでメロメロになってしまう。それをなぐさめたのがきっかけでふたりは急接近。

といってもメインはラブストーリーではない。後がないスティーブンはメジャーになろうと、スカウトされるチャンスを狙っている。ライラはスティーブンのおかげでコメディエンヌとしての自信がつきかけたものの、ダンナは家庭がないがしろにされているようでおもしろくない。最後はクラブでコンテストが開かれ、優勝者が1名決定される…。

好きなシーンは3つあって、

1)カフェでスティーブンがライラにプロポーズして断られ、雨の中を踊る
--ハンクスの味が出てるせつないシーン。

2)美容院に行ってヘンな髪形になって泣いて帰ってきたライラを家族がなぐさめる
--家族愛ってやつを感じます。

3)父親のプレッシャーでメロメロになったスティーブンがライラに抱きついて大泣きする
--私の母性本能を刺激するシーン。

…なんか、泣いたり悲しいシーンばっかり。

でも、観終わった後はいい気分になれること請け合いです。そうそう、いちばん好きな映画は「Dead Poets Society」。

そういえば、「Forest Gump」では母子で共演してたよなー、このふたり。ちなみにPunch Lineとは、ジョークの“オチ”の意味です。


■1997年2月21日(金)新居決定

なかなか決まりそうもないので、Journalのコーナーで「アパート探し奮戦記」でも詳細にやろうと思っていたのに、あっさりと新居が決まってしまった。

ぐーすか寝ていた朝の9時半ごろに、一緒に部屋をさがしているSさんから電話があった。「めずらしく早く起きたから」ということで、知ってるブローカーに電話をしたら、東側の15 Streetに3ベッドルームのアパートが$1600であるという。しかもNO FEE(ブローカーに手数料を払わなくてよい。通常は家賃1年分の15パーセント)。

3ベッドルームのアパートが$1600というのはけっこう安めの値段。ふたりで住むから3部屋もいらないし、安いといっても予算オーバーしているんだけど、すぐ見られるとのことで、30分で仕度して現地で集合とあいなった。

エレベーターはないけど、2階なので問題なし。内装はリノベート済みなのできれい。キッチンの冷蔵庫やガス台も全部おニュー。リビングは東向きに窓があって、あこがれの「朝日の差し込むテーブルで朝食」ができる!(朝日の差し込む時間はまだ寝てるでしょーに、とSさんにつっこまれたけど)

ランドリーがビル内にない以外には特に問題ないし、「どうする?」「いいよ」であっさり決めてしまった。あとから考えると寝ぼけてたのかもしれない、と思えるほどあっさりだった。

月$800はきつそうだけど、このところずっと家で仕事しているから、ちょっと家賃が高くてもアパートの快適さを優先したかったのだ(今はけっこう問題があるので、それに疲れて引っ越しをしたかった。これで深夜に仕事をしていてお茶が飲みたくなってもキッチンが使える!)。

今回は知り合いの紹介という競争相手がいない状態だったので、あっさりと決まったけれど、新聞のクラシファイドを見て、部屋を見て、気に入ったら申し込む…といった状態では、よっぽどこちらがいい条件でないとライバルを打ち破って入居となることは難しいらしく、特に私たちは外国人だから不利になる。反対に日本人は律義で支払いがいい、と気に入ってくれているところもあるという話もよく聞くけれど。

ま、そんなこんなで引っ越しは3/1。現在のRie's Apartmentとも約1週間でさようなら、なのだ。Web版Rie's ApartmentはVer. 2.0にでもしようかな?

Sさんと一緒に新居の家具レイアウトや引っ越しパーティのリスト作りにうかれつつ、面倒臭いパッキングのことは考えたくない…、といった心境。そうそう、住所の変更や電話の移転手続きもたいへんだ。特に電話。今度こそNYNEXがらみのトラブルが私にも降り掛かるか!? 


■1997年2月19日(水)体力

お昼に2ベッドルームで945ドル! という破格値のアパートを見に行く。アパートの1階ロビーにはけっこう人がいて、階段からはひっきりなしに人が降りてくる。ロビーのちらしには部屋番号が書いてあったので階段を昇っていくと、各階ごとに「まだまだ」「もっと」「もうすぐ」とちらしが貼ってあって、気が付くと最上階の7階まできてしまった。ちなみに、このビルにエレベータはない! 

部屋はリフォーム済みだったのでとてもきれい。ただ、クローゼットがひとつもない。おまけにシャワーしかないバスルームなのだ。

7階なので、空が見えて気持ちはいいのだけれど、このビルの近所のアパートはかなり年期がはいっていて、窓からはちょっとすすけたアパートの壁…というちょっと貧乏くさい風景。

現在の4階のウオークアップでもつらいのに、これが7階になったら引っ越しも大変そうだし、外に一歩も出ない日が多くなりそうなのでやめる。

でも、ロビーに降りてみると、アプリケーションフォームを記入している人がけっこういたので驚いた。体力あるのね。


■1997年2月17日(月)春はすぐそこ?

この間のJNYMUGの集まりで「NIFTY-Serveに管理費が発生した」というので、驚いて調べてみたら、去年の4月からってことでびっくり仰天。全然知らなかったよー。200円だからいいけど、500円だったら考えてたな…。個別にお知らせメールはなかったのか? それとも2週間以上、その時期にアクセスしてなかっただけか?

「春は思っているより、すぐそこに」なんてニュースで言ってる割には、今日はめっちゃ寒かった。歩いていたら、頭と耳が痛くなってくるほど。ほんと、春が待ち遠しい。


■1997年2月10日(月)PowerBook520を修理に出す

ついにスクリーンが壊れたPowerBook520を修理に出す。23丁目にあるMacショップ、Tekserveは小さいビルの5階にあって、ドアにくっつけてある機械から番号札を取って中に入る。入り口付近にはテーブルが2つ3つあって、真ん中のパイプからPowerBookの電源コードが4、5本出ている。これはスタッフのPowerBookやお客が持ち込んだPowerBookに差すのだ。…なんか、かっこいいなぁ〜。

窓際にはぶらんこが天井から下がっていて、順番待ちの女性が深刻な顔をして座っている。ダンボール箱が積まれてパーティションになっていたり、古いコーラの販売機や、おもちゃのアイスクリームが溶けだしたカップが置かれていたりして、ま、アメリカチックなショップである。

奥を覗くとごちゃごちゃした作業台でスタッフがPowerBookを開けていたり、修理がうまくいかなくてイライラしているのか、4 letter wordsを叫んでいるスタッフがいたりして、ま、アメリカチックである。

30分ほど待って私の順番。スクリーンが割れたから交換して欲しいというと、受付のお姉さんは割れた理由も聞かずに私の住所や電話番号をデータ入力していく。しかし、割れ方が見事(?)だったようで、ほかのスタッフに「見て見て」って見せて喜んでいた。

パーツ代と作業代で454ドル。伝票を見ると、プラス、タックスだって!?(8.25%) この円安の時期、やっぱり、秋葉原で修理したほうが安くあがったかも…。あーあ。

で、帰りに「Star Wars」を観た。これ、あきらかにあとから付け足しましたって部分は笑えるし、わからない部分もかなり直しているいるんだろうな。CGもいいけど、でも、感動するのはストーリだってことに気が付いた。正義と勇気のストーリーってやつにものすごく弱い、私は。ディスニーランドのStar Toursに乗りたくなった。「帝国の逆襲」は21日からだそうで。


■1997年2月9日(日)部屋探しは厳しい

田村正和氏登場の夢をみながらニヤニヤした顔(だったに違いない)で寝ていると、Sさんからの電話で起こされた。昨日の夜にサンデー・タイムズのリアル・エステイト欄をチェックして、家賃がリーズナブルな2ベッドルームのアパートがあったので、「見にいこう」と留守電にメッセージを残しておいたのだ。

彼女は朝の4時まで遊んでいたにもかかわらず、眠いからやめようよ〜という気分の私を説得し、一緒に部屋を見に行くことになった。

30分で仕度をしてタクシーに乗ってまずは1つめ。15 Street, bet. 7 & 8 Aves.のアパートは玄関に「Rented」の張り紙が。2つめも同じく。3つめはHoustonとElizabeth Streetという、いま私たちが住んでいるところから近い場所で、ここは中を見ることができた。

「雪がちょっと積もってるからあんまり人が来ないかなー、と思ってたけど、60人も見にきたよ」と、現在の借り主らしき人は言う。1時間で60人…。結構すごい。

ここは広いリビングルームに小さいベッドルームが3つとバスルームが2つある。リビングにもベッドがあったので、4人でシェアしている様子。意外ときれいで天窓もあって、場所もいいけど、もうひとり住む人を探さないといけないし、Sさんもあんまり乗り気じゃないし、やめておくことにした。

条件のいい部屋はきっと広告が出る前に口コミなどで決まってしまうようだし、ブローカーを通さずに、No Feeで条件のいい部屋を探すのは至難の技かもしれないなぁ。

ダウンタウンでいい物件があったら紹介してください。


■1997年2月7日(金)東京ボケ

常時時差ボケ状態の私は、本当の時差ボケを経験したことがほとんどないのだけれど(常時、なので気が付いてないのか?)、今回は東京ボケしてるなーと思った。

いちばん感じたのは自分のしゃべり方。低い声ではきはきしゃべらないと、言ってることがほとんど伝わらないようで(ま、英語力に問題があるのだけれど)。体調がよくないせいか、東京ボケのせいか、声が出ない。