Rie's Journal + 1997年1月
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■1997年1月13日(月)証拠写真

寒いよ〜。乾燥してるから、からだもまたまたかゆくなってきた。NYに戻ってきた、という感じ。

サンフランシスコで会ったKさんは以前NYにいたことがあって、きたない空気に肌がついてこられなくて、いまはサンフランシスコから車で2時間くらいのサンタ・クルーズに住んでいるとのこと。空気はきれいらしい。

Tekserveに電話したら、修理費用は455ドルで3日間かかるって。水曜日には日本に帰るから間に合わないな。

証拠写真(1)派手に割れてます。チューリップみたい。

そんな訳でしばらくJornalのアップデートはできません。たぶん、メールもしょっちゅうチェックできないと思います。それから1月に入ってからトラブル続きでバタバタしていたので、返信が必要と思われる以外の質問メールには答えられませんでした。日記を伝言板代わりにしてますがあしからず。


■1997年1月11日(土)PowerBook半死状態

「あーーっ」と叫んだのは、サンフランシスコの空港でラガーディアに向かう飛行機に乗り込む最中だった。前を歩くおじさんが私を振り返る。

手荷物にするはずのPowerBookを間違ってかばんごとチェックインしてしまった…。

しかし、以前眼鏡をチェックインしてしまい「一度チェックインした荷物を取り戻すのはかなり大変です」といわれたことがあったから、あきらめて飛行機に乗ってしまった。ここで一言レポートしておけばよかったのかもしれない。

ちゃんとかばんのジッパーをしめていなかったので、落ちてなくなりはしないかがいちばん心配だったのだけれど、ラガーディア空港で荷物を受け取ったときはちゃんとジッパーが閉めてあったので一安心。夜行便、通称Red Eyeを使ったので、タクシーに乗ってアパートに着いたのが午前10時。荷もほどかずに寝る。

で、夕方に起きてPowerBookを開いたら、スクリーンにひびが大胆に入っていた。ショックのあまり、ショックを感じないほどショック(?)。

書きかけの原稿がはいっているので、おそろおそる電源を入れてみたら起ち上がった。しかし、ひびがはいったスクリーン上半分は死んでいる。必要なファイルをFDにコピー。

問題なのがスクリーンの交換料金。最近カラーのPowerBookが欲しいと思っていたから、いまさらグレー16階調のスクリーンを直すのに数100ドルかけたくない。でも、スクリーン以外は無事みたいだし、買い替えるほど資金があるわけでもなし。だけど、水曜日から日本に帰るからPowerBookは必要だし!!! あー、どうしよう。

新年早々トラブル続出で気がめいるけど、不思議とパニックにはならないのは、アメリカ生活が板についたせいか? トラブルはあってあたりまえ、というか。また、トラブルや逆境の時にこそ、その人の器や本質が試される(または露見してしまう)と思っているので、こういう状況を受け入れてうまくハンドリングすることに楽しみを見いだす(話のネタにするとか)のがいいかもしれない。

しかし、ショックなときって意味のない歌を唄ってしまうのはなぜ? 今回は松田聖子だった(離婚のニュースの影響か?)。


■1997年1月9日(木)●Macworld Expo/SF Special●---中だるみ

今日は一日中、展示会場を見て回り写真撮影。写真の指示をしていると、ほとんどまともに説明がきけないので、3時ころからはおもしろそうなところをひとりで回る。それにしても人が多い!

Mac Addict誌の定期購読の申し込みくらいしか、買い物はしなかった。だって、カードがないんだもん。

今日は歩き疲れて目も痛いので、これでおしまい。さあ、明日はアップル本社ツアーだ!


■1997年1月8日(水)●Macworld Expo/SF Special●---ロースト・クラブ

地元の新聞を読んだら、なんでもアメリオ氏がネクタイをしないで公衆の前に登場したのは去年の2月にアップルのCEOに就任していらいはじめてのことなのだそうだ。

今日、聞いた話によると、3人並んだときに、アメリオ氏の靴はピカピカの革靴、ジョブスはスエードっぽいやつ、ヴォズニアックはきたないスニーカーだったらしい。

2日目は朝からプレス関係の説明会などが2時すぎまで続く。マルコ・ランディの英語は訛っていてアクセントがうつってしまいそう。でも、身ぶり手ぶりの激しい一生懸命のスピーチには耳を傾けてしまう。ホテルに戻ってNYから到着するカメラマンのJさんを待っていたら寝てしまった。1時間くらい遅れてJさんが到着。再び会場に向かい撮影開始。

展示会場でグレゴリー・ハインツを発見。なんだ、ちゃんと展示会場を見てるのね、と感心した。エビアンのボトルに入れたオレンジ色の飲み物は一体…?

まだ、じっくりと展示会場を見ていなのだけれど。気になったところを2、3。

Beのブースが立派に、大きくなっていた。アップルが手に入れようとしたBeOSに興味を持った人が多く、BeOSのデモを見る大勢の観客が目立った。

新しいデジタルカメラを発見。AgfaのePhoto(ストリートプライスで499ドル)、個人的に待っていたNikonのCoolPixは4月に米国で発売されるようだ。価格は1000ドル。うーん、ちょっと高いかな。あと、ミノルタのブースでレンズ部分が脱着可能でCCDカメラにもなるDimage Vが、デザイン的にもよかった。価格は1000ドルくらいで4月に発売。

と、ここまで書いて、日本のプレス関係者のディナー会に行く。40人くらいいたかな? NeXTに詳しい人が前にふたり座っていて、話題はNeXT関連で盛り上がっていたようだけど、話が難しくてわからない。アップルのキャンペーンで、ユーザー10組20名様がエキスポに招待されて同じレストランで食事をしていた。ロースト・クラブ、おいしかったです。


■1997年1月7日(火)●Macworld Expo/SF Special●---Jobs登場

展示会場は10時にオープン。10分くらいに会場に入ってみたら、もうすでにすごい人混み。特にAppleブースは人をかき分けないと歩けないくらい。

朝のテレビの交通情報のニュースでは、サンノゼへの通勤ラッシュがいつもよりひどくないのは、たくさんの人がMacworldに行っているからだろう、とコメントしていた。今年も入場者数は新記録を作るんだろうなあーと思い つつ、基調講演の会場(マリオットホテルの地下)へ向かう。

1時間前の11時に着いたにも関わらず、そこは人でぱんぱん。思わず「うわー(げんなり&びっくり)」と声が出てしまう。

1時間待って扉が開き、会場になだれ込む。映画「Independence Day」を引用したアップルのTVCMがスクリーンに映されて、観客が盛り上がったあと、ステージにはなんと主演のジェフ・ゴールドブラム(かっこいい&表記自信なし)が登場! 彼がアメリオ氏を紹介するという趣向。

写真を撮らないといけなかったので、ステージの真ん中の一番前を陣取っていた私。ステージといっても単なる台なので高さはなく、2〜3メートル先でアメリオ氏がしゃべってる。渋い黄色系のスタンドカラーのシャツがおしゃれに気を使ったのね、と思う。ネクタイだと、ますます彼はビジネスマンらしくなりすぎて、どうも…と思っていたのだ。

ま、ここで、OS戦略など『いろいろ』語ったあと(肝心な部分は他で読んでね)、やっとスティーブ・ジョブズが登場。周りのカメラマンが身を乗り出して撮影にやっきになる。恐い…。

NeXT買収の記者会見の時と同じ丈が短いジャケットがお気に入りなのか? 独特のファッションセンスだなー(彼もスタンドカラー)。

観客席の有名人が「ゲスト」として紹介されて(グレゴリー・ハインツ、モハメッド・アリなどなど)、最後にはスティーブ・ヴォズニアックまで登場して、3ショットの大サービス。

2時間半の基調講演は長かった。私の前にいた女性フォトグラファーは、途中でクロスワードパズルしていた…。唖然。


■1997年1月4日(土)---「その番号はもう使えません」

サンフランシスコに到着。ホテルのチェックインの際にマスターカードを出すと「使えない」と言われる。先週は使えたのに…。ひとつ心当たりがあるのは、保険付きのなんたらってカードにアップグレードしたことだ。でも、再来週日本に帰るからそのときに受け取るつもりでまだ手に入ってないのだった。

ものは試しに、夕食を食べたレストランでも使ってみたけどやっぱりダメ。1-800ナンバーに電話してみると、日本につながるらしく、日本語で女性の声が出た。

事情を説明すると、予想通りの理由で使えないことが判明(番号が変わってしまったらしい)。「出張中で、カードがこれしかなくて困っているんですけど。なんとかなりません?」と言うものの「その番号はもう使えません」だって。

期限が切れているわけでもないのに納得がいかない。「別の人間を出せー」って言えば、よかったか? こういう非常事態のためにVISAカードも持っているんだけど、今回は忘れて持ってきてないのだ…(わたしのバカー)。

CITI BANKの口座からキャッシュをおろしまくり、まあ、それでなんとかなるのだけれど、もぉ…最悪。日本語でひとり、夜道を叫びながら銀行からホテルまで戻ってきた。

なんにもしてくれなかったマスターカードは冷たい。今後はメインでVISAカードを使おうっと(ささやかな抵抗)。


■1997年1月2日(木)---Hello Again!

Barns & Noble(書店)に行ったら、97年カレンダーは50パーセント・オフだった。ラッキー(実はこれを狙っていたのだけど)。今年もAnsel Adamsのにしようかと思ったけど、Sistersというモノクロの姉妹の写真集からのカレンダーにした。風景ではなくて、人の写真のカレンダーがいいと思ったのだ。今年は。

K martでコンタクトレンズの保存液を物色していると、「あれ!? どこかでお会いしませんでしたっけ?」と女性に声をかけられる。「あ〜〜〜〜〜りえさん、でしたっけ」。

パーティなどで3回ほど会ったことのあるKさんだった。髪が痛んでいるというので、お薦めのヘアケア製品などを教えてあげて別れる。…のだが、直後に別のドラッグストアでまた会ってしまった。気恥ずかしい。

夜はSさんと女ふたりで鍋。各種状況報告と今年の抱負などを話しつつ。最後には「この鍋の半分がお腹の中にあるんだねー」と満腹状態。

食後はWebの「**** project」のページを観ながら、「今度パーティで、バカページ合戦をしよう!」と盛り上がる。各自バカページをいくつか見つけておいて、どのページがすごいか対決するという、なんとも、なんとも…ああ、形容しがたいな。


■1997年1月1日(水)---カレンダー

1月はほとんどニューヨークにいないから、まだ、カレンダーはいらないや、と思っていたのだけれど、やっぱりないと不便。明日買いに行こう。

大晦日は紅白歌合戦を最初から最後までじっくり観る。日本ではほとんど観たことないのにね。小林幸子だけだな、日本でまじめに観ていたのは。

テレビで見たらタイムズ・スクエアに集まった人々は今年も狂ったように騒いでいた。何だか日本の除夜の鐘とか、行く年来る年のような心安まる年末年始に憧れるなー。初詣とかね。