1996年7月

■1996年7月23日(火)---長編力作・髪の毛を切る

先々週の土曜日、洗濯ものをかかえてデリの前にボーっと立っていたら、女の人に声をかけられた。

「あなたの髪は肩くらいの長さがいいんじゃないかしら」

突然の意表を突いた言葉にさらにボーっとしていると、「カットモデル、やらない?」とちらしをくれた。よく見るとその女の人(キャシー)の黒いTシャツには「VIDAL SASSOON」と書かれているではないか!(足はローラーブレイドをはいていた)。

VIDAL SASSOONといえば、私が一度髪の毛を切ってみたいなーと憧れていたヴィダル・サッスーンである。普通なら外人に髪の毛を切ってもらうのはちょっと怖い(なんでも、アジアの人の髪を切るのはアジアの人の方がいいらしい)けれど、ヴィダル・サッスーンなら大丈夫に違いないと乗り気になる。タダではなくて、14ドルというのも「大丈夫」っぽい。しかし、次の火曜日は忙しいのがわかっていたので「時間があれば電話するね」ということにしておいた。

で、結局電話をしなかったらキャシーから電話があって、今日、カットモデルをやることになったのだ。

サロンは5番街の59丁目にあって、受け付けで先にお金を払えと言う。レシートには「わたしは自らカットモデルをすることを志望したのであって、何があっても後で文句は言いませーん」みたいなことが書いてあって、サインしろと言う。これをじっと読んでいるとキャシーがでてきて、「あなたの髪でテストしたいからタダでいい」と言うではないか。「ラッキー」と思いつつも、「タダより怖いものはない」というフレーズが頭をかけめぐる。

「肩ぐらいの長さで、段はつけたくなくて、前髪も短くしたくない」と確認すると、それでOKということなので、一安心。

3人ほどカットモデルの髪を切っている美容師がいて、キャシーはその中でもベテランという感じがした。3人をチェックする、黒のTシャツにパンツ、素足に白のスエードのシューズという、ちょっとゲイっぽい“先生”は、あとのふたりには細かくチェックを入れていたが、キャシーには「おまかせ」といった感じだった。

私のとなりではやはり、日本人の女の子がカットモデルをしていて、サロンに流れる音楽はなぜか日本の曲(誰が唄っているのかは分からなかった)。だれか、日本びいきの人がいるのだろうか…?

キャシーは細かく私の髪の毛を分けながら、時間をかけて慎重にカットしていく。“先生”はときどきそれを見ていたが、キャシーにはほとんど何も言わない。ほとんど仕上げに近づいたころ、“先生”が「それは違ーう!」と、ジャキジャキとハサミをすそに入れる。「そんなに乱暴に切って大丈夫ー?」と不安になったけれど、さすが“先生”。カガミに映っている私は、さっきと違う。

最終的に“先生”はほかのふたりのカットモデルには細かく手直しをしているのに、わたしはちらっと見て「OK」で終わりだった。そんなこんなですべてが終わったのは2時間半後だった。疲れて具合が悪くなってしまった…。


■1996年7月18日(木)---なんでもありのNY?

夜9時頃、部屋の電気が一瞬消えた。Macもsleepしたままお亡くなりになっていた。リスタートをかけているときに、再び電気がついたり消えたりして、一度完全に落ちた。Macも「ぷちん」と電源が切れて…。クラッシュのあとという病み上がりの状態(?)での、電源いきなりOFFはこたえただろうに。

ディナーの約束があったので、外にでると、アパートの前は消防車と人でいっぱいだった。聞くと「変圧器が爆発した」という(!)。それで電気の調子が悪かったのね。

12時すぎにアパートに戻ると、消防車は減っていたが、黒焦げの車が一台、あった。見事に燃えて炭状態。車が爆発して、変圧器が爆発されたのか? そして、階段の電気はついてなくて真っ暗。ちょっと怖い。手探りで4階まで這い上がる。部屋の電気も半分死んでいた。

こういうのも「さっすが、NYだよねー」笑い飛ばせるほど、最近は悲惨な事ばかりよく起こる。免疫がついてしまった。


■1996年7月14日(日)---Norton先生ありがとう

昨日、Eudoraが派手にクラッシュして、リスタートしたら、?マークが出た。CD_ROMのシステムで起動すると、ハードディスクが認識されていない…。

書きかけの原稿(締めきりは明日、明後日!)が…。これを救出するのに、半日もかかってしまった。Norton先生ありがとう。先生の家には足を向けて眠れません(家はどこだか知らないが)。

いま、この日記を読んだら、7/3あたりから調子が悪かったということが分かった。そうか…って、何がそうなんだか?

いちばん悲しいのはクラッシュのせいか、7月にはいってからの送信&受信メールが消えてしまったこと。アドレスがわからなくなって返事がだせない人が何人かいます。新着メールを読んでる最中のクラッシュだったし…。ううう(涙)。

お心あたりの人はまたメールくださいませ。


■1996年7月12日(金)---ハリケーン

雨と風。天気が悪いのは東海岸にハリケーンがきているせい。

journal.htmlを半月もアップデートするのを忘れていたので(というか、アップデートしたつもりがされていなかった)、このページは半月も隠しページになって読むことができなかったみたい。


■1996年7月6日(土)---Jones Beach

ペンシルバニア・ステーションから電車に乗って、ロング・アイランドのジョーンズ・ビーチへ。1時間くらいで、そこには「アメリカ!」って感じの風景が広がっており、ビーチの白い砂は私が知っている日本の海とは全然違う。なかなか雰囲気もよろしい。

でも、私は「ここであつあつのやきそばとか、いかの丸焼きが食べたい…」と思う日本人なのだった。

天気は良かったけれど、けっこう海水は冷たく、なれるまでに時間がかかる。コンタクトレンズが流れやしないかと心配しつつも、波にのまれながら(?)思いっきり遊んでしまった。あたりまえだけど、海水はしょっぱかった(味も日本のとはちょっと違うような…)。しかし、何年ぶりだか分からないほど、海に来るのは久しぶり。

ちなみに、海へ行った6人は全員Eメールで連絡を取り合って、当日の朝も「天気が悪かったらEメールで一斉連絡ね」と、手筈を整えていた。あー、インターネットって便利だなー。


■1996年7月3日(水)---ついてない

なんだか、きのうからついていないことばかり。Macの調子が悪いのには涙目。

このページを見てメールをいただくのですが、最近ばたばたしていて、全員に返事が出せない。ごめんなさい。でもちゃんと読んでいます(もちろん!)。

明日は独立記念日の花火だ!


■1996年7月1日(月)---折り返し地点

1996年も半分終わり。それにしても夜の8時だというのに、外は昼間のような明るさだ。

今日は朝から3件の取材をこなし、自分の英語力のなさにあきれた。反省。


「私も夏がきらい」というあなたはこちらに一筆→ rie@interport.net